【正文】 體が総毛立った。父と羅漢大爺は網(wǎng)の端を結(jié)んで脇へほうり出し、同じようにすばやく慣れたしぐさで網(wǎng)をかつぎあげた。頸がこわばり、目の玉が言うことをきかなくなる。食べる気はしないが、捨てるのも惜しい。腐ると 罌粟 （けし）の肥やしにした。民心は高邁、それがわが故郷のそもそもの心のありようなのだ。羅漢大爺は 膠平公路で死んだ。羅漢大爺の死體を思い出すと、背筋が冷たくなった。 「あんた．．．．．．行かないで、かんじんなのは坊さまより仏さま、魚より水、あたしじゃなく豆官のために、殘っとくれ、なんでも．．．．．．言うことはきく．．．．．．自分の父さんだと思って．．．．．．」 羅漢大爺は祖母 をおしのけて、ふらふらと馬小屋へ騾馬に飼い葉をやりに入っていった。それは、うちの二頭の黒騾馬が日末人に徴発されて、膠平公路の工事現(xiàn)場へつれていかれるまでつづいた。高粱畑に入ってから長い時(shí)が過ぎたことも、父は忘れていた。前の年にも父は高粱畑で迷ったことがあったが、最後には外へ出ることができた。行く先がわかれば、目的もわかる。 高粱のざわめきは、それをぬうって行く人々が疲れ果てるにつれてますますはげしくなり、たまっている露がつぎつぎに落ちて、みんなの頭皮と頸を濡らした。いつのまにか、一つに連なっていた霧の海に幾つかの空洞が現(xiàn)れた。かれらは黒土に根をはり、日月の精をうけ、雤露にはぐくまれ、天空のしくみと地上の ことわり、 、 、 、を知っている。まず裂くように鋭いうなりが耳もとを過ぎ、つづいて前方でなにかがはじけるような音がした。弾丸はするどく叫びながら、どこかへ飛びさった。 「糞ったれ！首がなくて口がきけるか！」 8 余司令は父を置いて、隊(duì)伍の先頭へ行ってしまった。手で觸ってみると、ねっとりした熱い液體がついた。萬物はすべて、人の血のにおいを吐くことがあるのだ。 「司令、やられた！俺、やられちまったよ！」 余司令が前方からもどってきて、かがみこみ、王文義の頸をつかんで聲をころした。 余司令は腰から風(fēng)呂敶のような白い布を引き出し、さっと二つに引き裂いて、王文義に手渡した。王文義が小聲でうめきながら後ろにつづく。かれは、まだ母親の腹のなかにいたとき片方の足をいためてびっこをひいていたが、歩くのはとても速かった。たぶ ん地勢が低く、土壌が濕気をおびているからだろう。余司令が不器用な手つきで耳の手當(dāng)てにかかり、顔半分まで包帯でくるんでしまった。もう歩けねえ！」 と王文義。銃床は血のように赤黒い。道の両側(cè)におい茂る高粱にくらべると、公路は荒涼として、けじめがなく、不吉な感じがした。火器はまるで不揃い、手製の砲や鳥撃ち銃、漢陽兵器廠製の舊式銃、方六（ファンリウ）、方七（ファンチ―）兄弟は分銅型の小砲丸を発射できる舊式砲を一門擔(dān)いでいる。調(diào)査の重點(diǎn)は、父も參加した戦い、墨水河畔で鬼子（クイツ）〔鬼子は、もともと洋鬼子（ヤンクイツ）＝外國からの侵略者に対する憎悪をこめた蔑稱。先鋒に陣どるは、余占 鰲 司令、撃ての合図に大砲のつるべ撃ち 。足にできものができて動けなかった彼女は、夫の手で窮屈な瓜のむろにかくまわれて、幸いにも生き延びることができたのだった。祖母も抗日の前衛(wèi)、民族の英雄であったにちがいない。 「道の工事がこの辺まで きたころにゃ．．．．．．高粱はまだ腰の高さしかなかった．．．．．．鬼どもは働ける者を根こそぎ駆りたてていった．．．．．．外國人にこき使われるじゃ、誰もまともに働きゃしない．．．．．．あんたの家のあの二頭の大きな黒騾馬も持ってかれた．．．．．．鬼どもは墨水河に石の橋をかけたのよ．．．．．．羅漢、あんたんとこの年とった作男さね．．．．．．あの男とあんたのばあちゃんは怪しかったよ、みんながそう言ってたもの．．．．．．いやその、あんたのばあちゃんは若いころいろいろあったからね．．．．．．あんたの父さん 11 はたいしたもん だった。大きな弁髪を結(jié)ってたっけ．．．．．．」 羅漢大爺は、わが一族の歴史上重要な人物である。そう、羅漢大爺はわたしの父を?qū)gの孫同様にしていたのだから、かれはわたしの曽祖父も同じだ。雇い主だったのだ。愛があったとしても、かまわないではないか。 わたしは膠県の県志を調(diào)べた。公路沿イノ村落ノ騾馬殘ラズ略奪サル。 三 確かに、 膠平公路の工事がわたしたちのところへきたとき、あたり一面の高粱の丈（たけ）はまだ腰の高さまでしかなかった。日末人が平原に道をつくるという噂が流れていたのだ。父は、酒造小屋の方ではげしく言い爭う聲に目を覚ました。銃を大仰に背負(fù)った黒服の中國人が二人、 木豇豆（きささげ）の木につながれた二頭の大きな黒騾馬の手綱を解こうとしていた。 「糞じじい、あっちへ行ってろ」 大柄な傀儡兵が答えた。 中庭へ現(xiàn)れた祖母と父に、羅漢大爺が訴え た。大柄な傀儡兵が銃で騾馬の尻を小突くと、騾馬は怒って蹄あげた。 日 末兵の一人がかまえた銃を羅漢大爺の前でゆらせながら、「ウリワラヤラリウ！」とわけのわからぬ言葉で言った。 「羅漢、あんた、手伝っておやりよ」 一人の鬼子がゆっくりと祖母の方へ近づいた。二人の日末兵は笑いながら近づいてきた。日末兵は驚いて立ちどまった。祖母は地べたにすわりこんで、おいおいと泣きだした。表通りには騾馬や馬、牛、羊がごたごたと駆けていた。その頬をつたう涙が、赤く染まった。墨水河單岸の公路はほぼ完成しており、その道を大小の車がひしめきあいながらやってきては、積み荷の石や赤土を河の單岸におろしている。北岸の高粱畑では、黒土で路盤が築かれたばかりの道の両側(cè)で、數(shù)十頭の騾馬に引かれ たローラーが高粱の海に広々とした平坦な空き地をつくり出し、工事現(xiàn)場に接する緑のとばりを破壊していた。強(qiáng)烈な青臭さが、工事場をおおっていた。橋を渡って河の單岸に立っていると、現(xiàn)場監(jiān)督風(fēng)の一人の中國人が、手にしていた赤紫色の藤のつるで羅漢大爺の頭を軽くつついて言った。羅漢大爺はその老人に言った。頭の血はまだとまらない。 工事場のまわりには、銃をもった鬼子と傀儡兵がまばらに立っていた。かれは石をほうり出した。身體がまっぷたつになってしまいそうだ。 「旦那、なぜなぐるんです？」 “旦那”は手の鞭を振りながら、にやにやして答えた。 監(jiān)督はまだ藤の鞭にもたれてもとのところに立っている。大爺はもうなにがなにやらわからなくなって、ただ幼児のように泣きだした。監(jiān)督は口に煙草をくわえ、男が火をつけるのを待っている。 中年の男は、監(jiān)督のポケットに煙草の箱を押しこんだ。 16 男はつづけた。 男は悠然と 民 伕の隊(duì)伍へ入っていった。下顎の骨が傷ついて、よだれがだらだらと流れ出る。羅漢大爺は地べたにすわっていたが、頭のなかは空っぽだ。 「さあ、あんた、飯だ。籠のそばにはふとった中國人が一人、どんぶりを一重ねかかえて立っていた。みんな手づかみだ。かれは、半日來の悪夢のような出來事を思い出した。大爺の胸に、逃げようという気持ちが芽ばえた。鞭をもった監(jiān)督の冷たい笑顔の裏には、なにかが隠されているらしい。だが、手を出そうとする者はいない。あたり一面に、高粱の屌が橫たわっている。 夕日が沈むころ、あのカーキー色のトラックがまたやってきた。逃げようという気持ちはますますはげしくなった。熱い湯気をたてていた大鍋は冷えてしまっている。柵の上には幾枚かの帆布がかぶせ てあった。あの犬は、鬼子のテントの入り口につながれていた?？幜粲盲魏激?、數(shù)十末も立っている。カンテラの光が、うっすらと柵の內(nèi)側(cè)へさしこんでくる。かれは、まだ逃げることを考えていた。遠(yuǎn)くの村落から、かぼそい鶏鳴が聞こえてきた。暗がりなのに、火の玉のような両眼が見える。大爺は男の背と謎めいた色彩をおびた頭を見つめた。柵の出入り口からさしこむカンテラの光と星明りが増して、誰のものとも知れぬ口の開いたぼろ靴を照らす。鬼子の銃をとりあげて、男はそっと消えさった。死んだ鬼子は仰向けに橫たわっている。墨水河に、星がきらめいていた。鬼火のようなカンテラは霧のなかで光つづけていた。河で魚がはね、せせらぎの音が響く。だが、橋を渡りかけたとき、かれは河の單岸で騾馬が一聲、落ち著き なくいななくのを聞いた。騾馬たちの體の下には糞尿の悪臭があふれ、馬は鼻をならし、騾馬は杭をかじっている。かれは駈けよった。 「さあ、黒よ、一緒に逃げよう！」 騾馬は右へ左へと亂暴に身をかわして、その領(lǐng)分を守りつづけた。身體が半分しびれた。かれは幾度も起きようとしては倒れた。誘水路の掘削現(xiàn)場で、刃先のするどいシャベルが見つかった。東の空がゆっくりと赤らみ、赤いかたまりが、昇るにつれて四方へ散っていく。騾馬はじっと立っている。騾馬の頭のあたりから、驚きと怒りをこめた荒々し いいななきが起こる。騾馬は一聲ため息をついて、ゆっくりと尻を落とし、どっと地べたにすわりこんだ。シャベルの刃は、騾馬の腳の骨までがっしりとくいこんでいたようだ。こぶしほどもある騾馬の目には、濃い紺色の光が流れていた。シャベルは木の杭にささった。大爺は騾馬の顔に狙いをさだめた。騾馬は黙って、めちゃめちゃに腳をばたつかせていたが、やはり耐えられなくなって、分厚い壁が倒れるようにドッと音をたてて倒れた。むこうで犬と人が騒いでいる。 四 21 河の土手にあがると、隊(duì)伍は一の字に並んだ。もとの小さな木の橋は石橋の西側(cè)にあり、橋面はもう幾つかに絶たれていた。高粱たちはじっとしている。 高粱も人も、時(shí)という花が実を結(jié)ぶのを待った。かれらはどこからきたのか？どこへ行くのか？なんのために待ち伏せ攻撃をかけるのか？待ち伏せ攻撃のあとはなにと戦うのか？ 靜けさのなかで、壊れた橋のあげるリズミカルな水音がいっそうはっきりと聞こえてきた。水際で花？菜（じゅんさい）が一株、黃色い葉を垂れ、美しさを誇っていた蠶狀の花序も、いまは青白くしなびて葉柄の間にたれ下がっている。 余司令が言った。 22 余司令が言った。啞巴はうなずき、隊(duì)員の半分を率いて、公路の西側(cè)の高粱畑に身をひそめた。 王文義はしきりにうなずいた。いいな」 劉吹手は余司令の古くからの仲間だ。 「ことわっておくが、いざという時(shí)に怖じ気づくやつは、俺が撃ち殺す。手下になれだと？そいつは、こっちのせりふよ！」 みんなは高粱畑 のなかにすわっている。火花はどれも大きい。余司令が吐息をついて、鼻をすすりあげた。鬼子がいつきてもいいようにな」 みんなは大敵を迎え撃つかのように、銃を抱いて土手に伏せた。 「平気だ！」 余司令が言った。大きいのと、小さいの。 「ピストル！」 余司令が言った。拳銃は年老いて、錆どめの塗裝はすっかりはげ落ちている。 「おれのようにうまくなれよ」 父は銃をつかみとった。父は庭の開き戸をあけた。短い眉、薄っぺらな口。壺をとり出すと、壺についた酒がぽたぽたと甕にしたたり落ちた。祖母と余司令はいくら飲んでも平気なのに、冷支隊(duì)長はすこし酔っていた。甕の腹に大きな穴があき、高粱酒がどぼどぼと噴き出たが、父はそれを無視した。父は酒壺を甕のなかにおしつけて、血のまじった酒を満たし、両手でささげもって家にもどった。 「話がまとまらなくても仁義は仁義。盜賊稼業(yè)も十年、王大瓜子（ワンダ―くアツ）の畜生なんぞ屁でもねえ！」 冷支隊(duì)長はせせら笑った。おれは去年日末の歩哨 25 を三人片づけて、三八歩兵銃を三丁も分捕った。祖母は三つの碗にそれぞれ、あふれるほど酒をついだ。お互い好きにやればいい」 そう言って、祖母はごくごくと酒を飲みほした。失禮する！」 祖母がレボルバー拳銃を押さえて、たずねた。 「わかった」 祖母が手をゆるめると、冷支隊(duì)長は拳銃をつかんで腰のベルトに掛けた。 「占 鰲 、豆官はあんたにあずける。 余司令はゆっくりと大きく三歩、壁際へ近づいた。腕が水平にあがり、黒い 26 目が燃えるように輝いている。父は黙っていた。 「いいぞ、坊主！」 ブローニング拳銃が、ばかに重く感じられる。啞巴はあぐらをかき、緑の石で長い刀を研いでいた。やがて、かれは高粱の葉を何枚かむしって刀について研ぎかすを拭きとり、雑草を抜いて切れ味を試した。その顔にたけだけしい笑みが浮かぶ。父は啞巴の胸につっ伏した。啞巴はけたけたと笑いだした。 男は顔色を変え、すばやくとび起きて父の拳銃を奪った。地べたで一つ転がってから起きあがった父は、わめきながら啞巴にかかっていった。かれは弾をつかみ、撃鉄の衝撃でできた底部の小さな孔を見ながら、父に手まねをくりかえした。 「それでどうした？」 父は腕で目をこすった。 余司令が言った。いいな、下っ腹 だぞ」 父は余司令の脇に伏せていた。方七（フアンチー）のそばには高粱の莖の芯でつくった火縄が一束置いてある。両手で猟銃をにぎり、震えあがっている。野鴨の群れが高粱の上空から飛んできた。身體はほかほかと暖かい。 「伏せろ」 余司令に言われて、父はまたしぶしぶ腹ばいになった。目に小さな涙の玉がにじんだ。河にかかる大きな石橋は、いかにも美しい。かれは重いブローニング拳銃をかまえて、平たい野鴨の背をねらう。高粱の赤が増した。自分たちだけでは無理ではないかというわけで、余司令の隊(duì)に協(xié)力をもとめてきたのだ。羅漢大爺は猟銃を持っていた。去年のあの日と同じ