【正文】 一枚になった。すれちがう人々はセーターや上著を脫いて肩にかけたり腕にかかえたりしていた。五月の半ばの日曜日の午後だった。 * 僕が突撃隊(duì)と彼のラジオ體操の話をすると、直子はくすくすと笑った。いったい何が言えるだろう？いちばんてっとり早いのはそのいまいましいラジオを彼のいないあいだに窓から放りだしてしまうことだったが、そんなことをしたら地獄のふたをあけた ような騒ぎがもちあがるのは目に見(jiàn)えていた。跳躍のところだけをやめて僕をぐっすり眠らせてくれないかな」 「駄目だよ」と彼は実にあっさりと言った。たしかにあるな?！柑Sってなんだい、それ？」 「跳躍といえば跳躍だよ?！弗楗弗w操をやってもかまわない。芝の上で」 「それも駄目なんだよ。六時(shí)半だろ？六時(shí)半は僕にとってはまだ寢てる時(shí)間なんだ。しかし四日めの朝、僕はもうこれ 以上は我慢できないという結(jié)論に達(dá)した。覚まさないわけにはいかなかったのだ。部屋に戻ってくるとパンパンと音を立ってタオルのしわをきちんとのばしてスチームの上にかけて乾かし、歯ブラシと石鹸を棚に戻す。あのこれみよがしの仰々しい國(guó)旗掲揚(yáng)式もまるっきり役に立たないというわけではないのだ。洋服を選ぶのが面倒なのでいつもそんな格好をしているだけの話だった。頭は丸 刈りで背が高く、頬骨がはっていた。僕は説明をあきらめた。 「わからないな」と彼は本當(dāng)にわからないという顔をして言った。 「なんでも良かったんだよ、僕の場(chǎng)合は」と僕は説明した。 「別に好きじゃないよ」と僕は言った。ラシーヌとか?ヨネスコとか、ンェークスビ?とかね」 シェークスビ?以 外の人の名前は聞いたことないな、と彼は言った。 「き、君は何を?qū)煿イ工毪?？」と彼は訊ねた。それは東京に出てきて僕が最初に感心したことのひとつだった。 突撃 隊(duì)はある國(guó)立大學(xué)で地理學(xué)を?qū)煿イ筏皮い俊￥长沥椁恧韦蓼铯辘蚯鍧崵摔筏皮い胂蓼?、彼は僕に一切干渉しなかったから、僕としてはかえって楽なくらいだった。 「突撃隊(duì)はこれ見(jiàn)ながらマスターベーションするんだよ」と僕は言った。そのかわり?ムステルダムの運(yùn)河の寫(xiě)真が貼ってあった。カーテンというのは半永久的に窓にぶらさがっているものだと彼らは信じていたのだ。床にはちりひとつなく、窓ガラスにはくもりひとつなく、布団は週に一度干され、鉛筆はきちんと鉛筆立てに収まり、カーテンさえ月に一回は洗濯された。汗と體臭とごみだ。ほうきで掃いて集めてちりとりを使ってごみ箱に捨てるということを誰(shuí)も思いつかないのだ。機(jī)の上の本立てには教科書(shū)や辭書(shū)や小説なんかが並んでいた。どう好意的に見(jiàn)ても詩(shī)的な空間とは言えなかった。二人部屋は六畳間をもう少し細(xì)長(zhǎng)くしたくらいの広さで、つきあたりの壁に?ルミ枠の窓がついていて、窓の前に背 中あわせに勉強(qiáng)できるように機(jī)と椅子がセットされている。誰(shuí)もたぶんそんなことは気にもとめないのだろう。 どうして夜のあいだ國(guó)旗が降ろされてしまうのか、僕にはその理由がわからなかった。 夕方の國(guó)旗降下も儀式としてはだいたい同じような様式でとりおこなわれる。 そして旗がするするとポールを上っていく。學(xué)生服が中野學(xué)校にうやうやしく旗を差し出す。中野學(xué)校はソニーのポータブル ?テープレコーダーを 下げている。 僕は寮に入った當(dāng)初、もの珍しさからわざわざ六時(shí)に起きてよくこの愛(ài)國(guó)的儀式を見(jiàn)物したものである。まあしかし學(xué)生服を著ているか らにはやはり學(xué)生なのだろう。丸刈りで、いつも學(xué)生服を著ている。いかにも硬そうな髪にいくらか白髪がまじり、日焼けした首筋に長(zhǎng)い傷あとがある。もちろん國(guó)歌も流れるし スポーツ ?ニュースからマーチが切り離せないように、國(guó)旗掲揚(yáng)から國(guó)歌は切り離せない。 いずれにせよ一九六八年の春から七〇年の 春までの二年間を僕はこのうさん臭い寮で過(guò)した。いや、もっともっと深い読みがあるんだと言うものもいる。入寮案內(nèi)のパンフレットと寮生規(guī)則を 読めばそのだいたいのところはわかる。本部建物の裏手には野球とサッカーの兼用グラウンドとテニス ?コートが六面ある。一階には食堂と大きな浴場(chǎng)、二階には講堂といくつかの集會(huì)室、それから何に使うのかは知らないけれど貴賓室まで ある。しかし決して不潔ではないし、暗い印象もない。根もとに立って上を見(jiàn)あげると空はその緑の葉にすっぽりと覆い隠されてしまう。 その寮は都內(nèi)の見(jiàn)晴しの良い高臺(tái)にあった。寮の費(fèi)用は一人暮しのそれに比べて格段に安かった。僕は十八で、大 學(xué)に入ったばかりだった。私が存在していたことを覚えていて」と。もちろん直子は知っていたのだ。でも今はわかる。でもそのときは一行たりとも書(shū)くことができなかった。 しかし何はともあれ、今のところはそれが僕の手に入れられるものの全てなのだ?！妇韦长趣蛲欷椁欷毪铯堡胜い琛? ＊ それでも記憶は確実に遠(yuǎn)ざかっていくし、僕はあまりに多くのことを既に忘れてしまった。 直子は立ちどまってにっこりと笑い、僕の腕をそっとつかんだ。直子は小さな丘のように盛りあがったところを上り、松林の外に出て、なだらかな坂を足速に下った。私が存在し、こうしてあなたのとなりにいたことをずっと覚えていてくれる？」 「もちろんずっと覚えているよ」と僕は答えた。ひとつはね、あなたが こうして會(huì)いに來(lái)てくれたことに対して私はすごく感謝してるんだということをわかってはしいの。 「ねえワタナベ君、私のこと好き？」 「もちろん」と僕は答えた。私はただ自分に腹を立てていただけなの」 「たぶん僕は君のことをまだ本當(dāng)には理解してないんだと思う」と僕は言った。そして何度か首を振った。暗くて、冷たくて、混亂していて……ねえ、どうしてあなたあのとき私と寢たりしたのよ？どうして私を放っておいてくれなかったのよ？」 我々はひどくしんとした松林の中を歩いていた。一度力を抜いたらもうもとには戻れないの よ。「肩のカを抜けば體が軽くなることくらい私にもわかっているわよ。肩にカが入ってるから、そんな風(fēng)に構(gòu)えて物事を見(jiàn)ちゃうんだ。そのときはあるいは君の方が僕を助けてくれるかもしれない。それでは私の抱えている問(wèn)題は解決したことにはならないのよ」 「これが一生つづくわけじゃないんだ」と僕は彼女の背中に手をあてて、言った。するとあなたが會(huì)社に行ってるあいだいったい誰(shuí)が私を守ってくれるの？あなたが出張に行っているあいだいったい誰(shuí)が私を守ってくれるの？私は死ぬまであなたにくっついてまわってるの？ ねえ、そんなの対等じゃないじゃない。 「どんな風(fēng)に正しくないんだろう？」と僕は靜かな聲で訊ねてみた。それはひどいことだからよ。 「どういたしまして」と僕は言った。そんな一対の美しい瞳が長(zhǎng)いあいだ僕の中をのぞきこんでいた。 「それ――本気で言ってるの？」 「もちろん本気だ」 直子は立ちどまった。理屈とかそんなのじゃなくて、ただ感じるのね。そしてこうしてあなたにくっついている限り、私も井戸には落ちないの」 「絶対に？」 「絶対に」 「どうしてそんなことがわかるの？」 「私にはわかるのよ。だからちゃんとした道を離れちゃ駄目よ」 「離れないよ」 直子はポケットから左手を出して僕の手を握った。聲を限りに叫んでみても誰(shuí)にも聞こえないし、誰(shuí)かがみつけてくれる見(jiàn)込みもないし、まわりにはムカデやクモやらがうようよいるし、そこで死んでいった人たちの白骨があたり一面にちらばっているし、暗くてじめじめしていて。人が急にいなくなっちゃって、どれだけ捜してもみつからないの?！袱嗓长松瞍ぞ畱酩ⅳ?、でもそれが何処にあるかは誰(shuí)も知らないなんてね?！副井?dāng)に深いの。そして穴の中には暗黒が――世の中のあら ゆる種類(lèi)の暗黒を煮つめたような濃密な暗黒が――つまっている。小さな緑色のトカゲがそんな石のすきまにするするともぐりこむのが見(jiàn)える。大地にぽっかりと開(kāi)いた直徑一メートルばかりの暗い穴を草が巧妙に覆い隠している。でも直子がその井戸の話をしてくれたあとでは、僕ほその井戸の姿なしには草原の風(fēng)景を思いだすことができなくなってしまった。僕は何ごとによらず文章にして書(shū)いてみないことには物事をうまく理解できないというタ?プの人間なのだ。他の何もかもが結(jié)局は消えてしまったように。痛みはない。ちょうど僕がかつての僕自身が立っていた場(chǎng)所から確実に遠(yuǎn)ざかりつつあるように。最初は五秒あれば思いだせたのに、それが十秒になり三十秒になり一分になる。まるで澄んだ泉の底をちらりとよぎる小さな魚(yú)の影を探し求めるみたいに。まず橫顔が浮かびあがってくる。そう、僕には直子の顔を今すぐ思いだすことさえできないのだ。直子もいないし、僕もいない。とてもくっきりと。おまけに僕は戀をしていて、その戀はひどくややこしい場(chǎng)所に僕を運(yùn)びこんでいた。とくに印象的な風(fēng)景だとも思わなかったし、十八年後もその風(fēng)展を細(xì)部まで覚えているかもしれないとは考えつきもしなかった。まっ赤な鳥(niǎo)が二羽草原の中から何かに怯えたようにとびあがって雑木林の方に飛んでいくのを見(jiàn)かけただけだった。まるで別の世界の入口から聞こえてくるような小さくかすんだ鳴き聲だった。何日かつづいたやわらかな雨に夏のあいだのほこりをすっかり洗い流された山肌は深く鮮かな青みをたたえ、十月の風(fēng)はすすきの穂をあちこちで揺 らせ、細(xì)長(zhǎng)い雲(yún)が凍りつくような青い天頂にぴたりとはりついていた。よ くわかります）」彼女はそう言って首を振り、席から立ちあがってとても素?cái)长市︻啢騼Wに向けてくれた。 前と同じスチュワーデスがやってきて、僕の隣りに腰を下ろし、もう大丈夫かと訊ねた。失われた時(shí)間、死にあるいは去っていった人々、もう戻ることのない想い。大丈夫、少し目まいがしただけだと僕は答えた。そしてそのメロデ?ーはいつものように僕を混亂させた。十一月の冷ややかな雨が 大地を 暗く染め、 雨合羽 を著た 整備工 たちや、のっぺりとした空港ビルの上に立った旗や、 BMW の広告板やそんな何もかもをフランドル派の 陰うつ な 絵の背景のように見(jiàn)せていた。その巨大な飛行機(jī)は ぶ厚い 雨雲(yún) を くぐり抜けて 降下し、ハンブルク（漢堡） 空港に著陸しようとしているところだった。それはどこかのオーケストラが 甘く 演奏する ビートルズの 『ノルウェ?の森』だった。やがてド?ツ人のスチュワーデスがやってきて、気分がわるいのかと英語(yǔ)で訊いた。僕は顔を上げて 北海の 上空 に浮かんだ 暗い雲(yún)を眺め、自分がこれまでの人生の過(guò)程で失ってきた多くのもののことを考えた。それは一九六九年の秋で、僕はもうすぐ二 十歳になろうとしていた。 「 Well, I feel same way, same thing, once in a while. I know what you mean.（そういうこと私にもときどきありますよ。 十八年という歳月が過(guò)ぎ去ってしまった今でも、僕はあの草原の風(fēng)景をはっきりと思いだすことができる。梢の葉がさらさらと音を立て、遠(yuǎn)くの方で犬の鳴く聲が聞こえた。誰(shuí)一人ともすれ違わなかった。その中に実際に身を置いていたとき、僕はそんな風(fēng)景に殆んど注意なんて払わなかった。それは何を見(jiàn)ても 何を感じても何を考えても、結(jié)局すべてはブーメランのように自分自身の手もとに戻ってくるという年代だったのだ。草の匂い、かすかな冷やかさを含んだ風(fēng)、山の稜線、犬の鳴く聲、そんなものがまず最初に浮かびあがってくる。誰(shuí)もいない。あれほど大事そうに見(jiàn)えたものは、彼女やそのときの僕や僕の世界は、みんなどこに行ってしまったんだろう、と。小さな冷たい手や、さらりとした手ざわりのまっすぐなきれ いな髪や、やわらかな丸い形の耳たぶやそのすぐ下にある小さなホクロや、冬になるとよく著ていた上品なキャメルのコートや、いつも相手の目をじっとのぞきこみながら質(zhì)問(wèn)する癖や、ときどき何かの加減で震え気味になる聲（まるで強(qiáng)風(fēng)の吹く丘の上でしゃべっているみたいだった）や、そんな?メージをひとつひとつ積みかさねていくと、ふっと自然に彼女の顔が浮かびあがってくる。それから彼女は僕の方を 向き、にっこりと笑い、少し首をかしげ、話しかけ、僕の目をのぞきこむ。哀しいことではあるけれど、それは真実なのだ。そう、僕の記憶は直子の立っていた場(chǎng)所から確実に遠(yuǎn)ざかりつつあるのだ。おい、起きろ、俺はまだここにいるんだぞ、起きろ、起きて理解しろ、どうして俺がまだここにいるのかというその理由を。そしてその音さえもたぷんいつかは消えてしまうのだろう。だからこそ僕はこの文章を書(shū)いている。 あるいはそれは彼女の中にしか存在しない?メージなり記號(hào)であったのかもしれない――あの暗い日々に彼女がその頭の中で紡ぎだした他の數(shù)多くの事物と同じように。井戸は草原が終って雑木林が始まるそのちょうど境い目あたりにある ?？F石は風(fēng)雨にさらされて奇妙な白濁色に変色し、ところどころでひび割れて崩れおちている。見(jiàn)當(dāng)もつかないくらい深いのだ。正確な言葉を探し求めなが