【正文】 誰がやってるにせよ、ありがたいことじゃない」と僕は慰めた。 「さあね、でもいいじゃないか。寫真が変るたびに突撃隊(duì)はひどく混亂した。七月に誰かが彼のいないあいだにアムステルダムの運(yùn)河の寫真を外し、かわりにサン フランシスコのゴールデン ?ブリッジの寫真をはっていった。そして彼は僕に「あ、あのさ、ワタナベ君さ、お、女の子とさ、どんな話するの、いつも？」と質(zhì)問した。突撃隊(duì)はクラスの女の子（もちろん地理學(xué)科の女の子）と一度デートしたが夕方になってとてもがっかりした様子で戻ってきた。我々はあいかわらずあまり多くはしゃべらなかったし、その頃には二人で黙りこんで喫茶店で顔をつきあ わせていることにもすっかり馴れてしまっていた。あいかわらず我々は過去の話は一切しなかった。 その頃我々がどんな話をしていたのか、僕にはどうもうまく思いだせない。セーターを著ると新しい季節(jié)の匂いがした。雨が降れば傘をさして歩いた。ただ歩けばよかったのだ。坂を上り、川を渡り、線路を越え、どこまでも歩きつづけた。それはたぷん直子が僕を一人の友だちとして認(rèn)めてくれたしるしだろうと僕は思ったし、彼女のような美しい娘と肩を並べて歩くというのは憩い気持のするものではなかった。少しずつ少しずつ直 子は僕に馴れ、僕は直子に馴れていった。私たちみんなもう少しシックな大學(xué)に行くのよ。 「私がここの大學(xué)を選んだのは、うちの學(xué)校から誰もここに來ないからなのよ」と直子は笑って言った。僕が知っていたかつての彼女はいつも華やかな服を著て、沢山の 友だちに囲まれていた。彼女はとても質(zhì)素に簡潔に暮しており、友だちも殆んどいないようだった。直子は自分の部屋に僕を入れて食事を作ってくれたりもしたが、部屋の中で僕と二人きりになっても彼女としてはそんなことは気にもしていないみたいだった。英語の教育で有名なこ ぢんまりとした大學(xué)だった。そういうのを見ているうちに、僕は少しずつ直子に対して好感を抱くようになってきた。そしてしょっちゅうハンカチで口もとを拭いた。僕はその頃彼女のうしろ姿ばかり見ていたせいで、そういうことだけを今でもよく覚えている。彼女が先に立ち、僕がその少しうしろを歩いた。ありがたいことに東京の町は広く、どれだけ歩いても歩き盡すということはなかった。そして我々は過去の話を一切しなかった。彼女はあいかわらずぽつりぽつりとしか口をきかなかったが、べつに本人はそれでかまわないという風(fēng)だったし、僕もとくに意識(shí)しては話さなかった。それ以外に適當(dāng)な言葉を思いつけない。 第 ３章 次の土曜日に直子は電話をかけてきて、日曜に我々はデートをした。それは今にして思えばたしかに奇妙な日々だった。しかしどう考えてみたところで死は深刻な事実だった。でもそれと同時(shí)に深刻になるまいとも努力していた。あの十七歳の五月の夜にキズキを捉えた死は、そのとき同時(shí)に僕を捉えてもいたからだ。死は生の対極存在なんかではない。僕はこちら側(cè)にいて、向う側(cè)にはいない。それは僕には至極まともで論理的な考え方であるように思えた。つまり＜死はいつか確実に我々をその手に捉える。そして我々はそれをまるで細(xì)かいちりみたいに肺の中に吸いこみながら生きているのだ。 言葉にしてしまうと平凡だが、そのときの僕はそれを言葉としてではなく、ひとつの空気のかたまりとして身のうちに感じたのだ。それはこういうことだった。そして時(shí)が経つにつれてそのかたまりははっきりとした単純なかたちをとりはじめた。はじめのうちはそれでうまく行きそうに見えた。僕は緑のフェルトを貼ったビリヤード臺(tái)や、赤い N360 や機(jī)の上の白い花や、そんなものをみんなきれいさっぱり忘れてしまうことにした。 東京について寮に入り新しい生活を始めたとき、僕のやるべきことはひとつしかなかった。東京に向う新幹線の中で僕は彼女の良い部分や優(yōu)れた部分を思いだし、自分がとてもひどいことをしてしまったんだと思って後悔 したが、とりかえしはつかなかった。でも彼女は理解しなかった。 「そうじゃないよ」と僕は言った。そして誰も知っている人間がいないところで新しい生活を始めたかったのだ。僕はたいして勉強(qiáng)をしなくても入れそうな東京の私立大學(xué)を選んで受験し、とくに何の感興もなく入學(xué)し た。僕はある女の子と仲良くなって彼女と寢たが、結(jié)局半年ももたなかった。教室の彼の機(jī)の上にはしばらくのあいだ白い花が飾られていた。新聞に小さく記事が載って、それで事件は終った。警官は僕に対してもキズキに対してもあまり良い印象は持たなかったようだった。彼に最後に會(huì)って話をしたという理由で僕は警察に呼ばれて事情聴取された。カー ?ラジオがつけっぱなしになって、ワイパーにはガソリン ?スタンドの領(lǐng)収書がはさんであった。死ぬまでにどれくらいの時(shí)間がかかったのか、僕にはわからない。 彼はその夜、自宅のガレージの中で死んだ。 「今日は珍しく真剣だったじゃないか」と僕は訊いてみた。これはとても珍しいことだった。約束どおり僕がゲーム代を払 った。僕もとくに午後の授業(yè)に興味があるわけではなかったので學(xué)校を出てぶらぶらと坂を下って港の方まで行き、ビリヤード屋に入って四ゲームほど玉を撞いた。しかし結(jié)局のところそれはもう起ってしまったことなのだし、どう思ったところで仕方ない種類のことなのだ。こういう言い方は良くないとは思うけれど、彼女の気持はわかるような気がする。そして僕と直子は別れ、一年後に中央線の電車でばったりと出會(huì)うまで一度も顔を合わせなかった。それに加えて彼女のしゃべり方にはどことなく角があった。ちょっとした用事があって喫茶店で待ちあわせたのだが、用件が済んでしまうとあとはもう何も話すことはなかった。相性がわるいとかそういうのではなく、ただ単に話すことがないのだ。キズキが戻ってくると、また話が始まった。だから仕方なく我々は殆んど何もしゃべらずに水を飲んだりテーブルの上のものをいじりまわしたりしていた 。二人ともいったい何について話せばいいのかわからなかったのだ。そのようにして僕と直子は出會(huì)ったのだ。 「今度の日曜日、ダブルデートしないか？俺の彼女が女子校なんだけど、可愛 い女の子つれてくるからさ」と知りあってすぐにキズキが言った。それでも我々はすぐに気があって仲良くなった。そしてどうして彼が僕を選んで友だちにしたのか、その理由もわからなかった。彼は學(xué)校では僕以外の誰とも仲良くはならなかった。だから彼と話をし ていると、僕は自分がとても面白い人間でとても面白い人生を送っているような気になったものだった。彼には場の空気をその瞬間瞬間で見きわめてそれにうまく対忚していける能力があった。どちらかが長く黙っているとそちらにしゃべりかけて相手の話を上手くひきだした。キズキにはたしかに冷笑的な傾向があって他人からは傲慢だと思われることも多かったが、本質(zhì)的には親切で公平な男だった。三人でいると、それはまるで僕がゲストであり、キズキが有能なホストであり、直子がアシスタントであ る TV のトーク番組みたいだった?？激à皮撙欷袎浃试挙坤?、結(jié)果的にはそれがいちばん気楽だったし、うまくいった。 そんなわけでキズキは僕をダブル ?デートに誘うことをあきらめ、我々三人だけでどこかに出かけたり話をしたりするようになった。直子のつれてくる女の子たちがその可愛 いらしい頭の中でいったい何を考えているのか、僕にはさっぱり理解できなかった。でも正直なところ直子のつれてくる女の子たちは可愛くはあったけれど、僕には少々上品すぎた。僕とダブル ?デートしたことも何回かある。 多くの幼ななじみのカップルがそうであるように、彼らの閥係は非常にオーブンだったし、二人きりでいたいというような願(yuàn)望はそれ ほどは強(qiáng)くはないようだった。僕にはキズキという仲の良い友人がいて（仲が良いというよりは僕の文字どおり唯一の友人だった）、直子は彼の戀人だった。彼女もやはり二年生で、ミッション系の品の良い女子校に通つていた。待っているよ」と僕は言った。正直言って、あの頃はよく顔をあわせていたわりにあまり話をしたという記憶がないから」 「そうね」と彼女もそれを認(rèn)めた。 「少し変ったような気がするね」と僕は言った。彼女は國分寺に小さなアパートを借りて暮していたのだ。 「會(huì)うのは全然かまわないよ」と僕は言った。「みんな自分を表現(xiàn)しょうとして、でも正確に表現(xiàn)できなくてそれでイライラするんだ」 僕がそう言うと、直子は少しがっかりしたみたいだった。ちゃんとした言葉っていうのはいつももう一人の私が抱えていて、こっちの私は絶対に それに追いつけないの」 直子は顔を上げて僕の目を見つめた。まるで自分の體がふたつに分かれていてね、追いかけっこをしてるみたいなそんな感じなの。見當(dāng)ちがいだったり、あるいは全く逆だったりね。「ここのところずっとそういうのがつづいてるのよ?！妇窝预Δ趣筏皮毪长趣悉胜螭趣胜铯毪椤１伺悉郡嵯ⅳ颏膜い颇郡蜷]じ、髪どめをいじった。そこに何か適當(dāng)な表現(xiàn)を見つけることができるんじゃないかと期待して見ているようにも見えた。「筋合なんて言うつもりはなかったの。彼女はトレーナー ?シャツの両方の袖を肘の上までひっぱりあげ、それからまたもとに戻した。たぷん僕は少しびっくりしすぎたのだろう。 「ねえ、もしよかったら――もしあなたにと って迷惑じゃなかったらということなんだけど――私たちまた會(huì)えるかしら？もちろんこんなこと言える筋合じゃないことはよくわかっているんだけど」 「筋合？」と僕はびっくりして言った。だって二人で話をしたことなんて一度もなかったものな」と僕は言ったが、何を話したのか思いだそうとしてもさっぱり思いだせなかった。でも人は見かけによらないのよ」彼女はそう言ってから付けたすように少しだけ笑った。 「そう なの。それに父親が山登りが好きだったせいで、小さい頃から日曜日になると山登りしてたの。 「ずいぶん體が丈夫なんだね」と僕はそばを食べ終ったあとで言った。 TV のニ ュースが今日の日曜日は行楽地はどこもいっぱいでしたと告げていた。注文してから食べ終るまで我々は一言もロをきかなかった。僕はあとをついてきただけ」 我々は駅の近くのそば屋に入って軽い食事をした。 「駒込」と僕は言った。穏かな春の夕碁だった。ちょっとした道のりだ。彼女は飯?zhí)飿颏怯窑苏郅?、お堀ばたに出て、それから神保町の交差點(diǎn)を越えてお茶の水の坂を上り、そのまま本郷に抜けた。まあいいや、散歩には良い日和だものな、と僕は思ってあきらめた。しかし、僕に聞こえても聞こえなくてもそんなことは彼女にはどちらでもいいみたいだった。うまく答えられることもあれば、どう答えればいいのか見當(dāng)もつかないようなこともあった。彼女は茶色の大きな髪どめをつけていて、橫を向くと小さな白い耳が見えた。もちろんその距離を詰めようと思えば詰めることもできたのだが、なんとなく気おくれがしてそれができなかった。僕は仕方なくそのあとを追うように歩いた。話題なんてそもそもの最初からないのだ。もっとも二人きりになってしまうと我々には話しあうべき話題なんてとくに何もなかった。降りましょうよと直子が言って、我々は電車を降りた。彼女は一人で映畫でも見ようかと思って出てきたところで、僕は神田の本屋に行くところだった。 我々は何かの目的があってここに來たわけではなかった。そして直子は僕がそれまで考えていたよりずっと綺麗だった。彼女のやせ方はとても自然でもの靜かに見えた。一年のあいだに直子は見違えるほどやせていた。直子は再び?xùn)|に向って歩きはじめ、僕はその少しうしろを歩いた。彼女はため息をついて目を伏せた。共同生活をするのってどんなだろうって。 「ううん、そうじゃないのよ」と直子は言った。二人きりで歩くのも初めてだし、こんなに長く話をするのも初めてだった。彼女がそんなすきとおった目をしていることに僕 はそれまで気がつかなかった。そして珍しいものでものぞきこむみたいに僕の目をじっと見た。ここで暮らすしかないんだと思えば、それなりに暮せる。規(guī)則はうるさいし、下らない奴が威張ってるし、同居人は朝の六時(shí)半にラジオ體操を始めるしね。 「どうかな、そういうのって考え方次第だからね。それから身をかがめ七注意深く靴の紐をしめなおした?！袱扦猡饯欷郅蓯櫎悉胜い?。 「よくわからないよ。直子について當(dāng)時(shí)僕はそれほど多くのことを覚えていたわけではなかった。ずっと前にそれと同じシャツを彼女が著ているのを見たことがあるような気がしたが、はっきりとした記憶があるわけではない。彼女は淡いグレーのトレーナー ??シャツの袖を肘の上までたくしあげていた。並んでペンチに座った二人の修道尼だけがきちんと黒い冬の制服を身にまとっていて、彼女たちのまわりにだけは夏の光もまだ屆いていないように思えるのだが、それでも二人は満ち足りた顔つきで日なたでの會(huì)話を楽しんでいた。日曜日の午後のあたたかい日差しの下では、誰もがみんな幸せそうに見えた。日射しはもう初夏のものだった。朝方ばらばらと降ったりやんだりしていた雨も晝前には完全にあがり、低くたれこめていたうっとうしい雨雲(yún)は南からの風(fēng)に追い払われるように姿を消していた。 僕と直子は四ッ谷駅で電車を降りて、線路わきの土手を市ヶ谷の方に向けて歩いていた。笑い話のつもりではなかったのだけれど、結(jié)局は僕も笑った。 「ワ、ワタナベ君もさ、一緒に