【正文】 かと見えて、いみじくきはやかに見えたるなど、あさ露にぬれたる櫻にも務らず、杜鵑のよすがとさへおもへばにや、猶更にいふべきにもあらず。かればなに、さまことに咲きて、かならず五月五日にあふもをかし。御まへの池、又何の意につけけるならんとをかし。九重の內を はじめて、いひしらぬ民の住家まで、いかでわがもとに繁くふかんと葺きわたしたる、猶いとめづらしく、いつか他折はさはしたりし。 紫の紙に樗の花、青き紙に菖蒲の葉、細うまきてひきゆひ、また白き紙を根にしてゆひたるもをかし。 そばの木、はしたなき心地すれども、花の木ども散りはてて、おしなべたる緑になりたる中に、時もわかず濃き紅葉のつやめきて、思ひかけぬ青葉の中よりさし出でたる、めづらし。楓の木、ささやかなるにも、もえ出でたる梢の赤みて、同じかたにさし廣ごりたる葉のさま、花もいと物はかなげにて、むしなどの枯れたるや うにてをかし。 白樫などいふもの、まして深山木の中にもいと氣遠くて、三位二位の うへのきぬ染むる折ばかりぞ、葉をだに人の見るめる。葉守の神のますらんもいとかしこし。みこ鳥。巧鳥。雁の聲は遠く聞えたるあはれなり。それも雀などのやうに、常にある鳥ならば、さもおぼゆまじ。六月になりぬれば音もせずなりぬる、すべて言ふもおろかなり。梅の花に雪のふりたる。蜉蝣。愛敬なくにくきものは、人々しう書き出づべきもののやうにあらねど、萬の物にゐ、顏などにぬれたる足して居たるなどよ。下衆(zhòng)の家に雪の降りたる。齒もなき女の梅くひて酸がりたる。月夜に空車ありきたる。 為殿司の顏、愛敬づきたらんをもたりて、裝束時にしたがひて、唐衣など今めかしうて、ありかせばやとこそ覺ゆれ?！高h江の濱やなぎ」などいひかはしてあるに、わかき人々は唯いひにくみ、見ぐるしき事どもなどつくろはずいふに、「この君こそうたて見にくけれ。さらばな見えそ」とて、 おのづから見つべきをりも顏をふたぎなどして、まことに見給はぬも、眞心にそらごとし給はざりけりと思ふに、三月晦日頃、冬の直衣の著にくきにやあらん、うへの衣がちにて、殿上の宿直すがたもあり。もろともに居たる人は、こなたに向きてゐたれば、顏も見えず。げに、ゆふかみとも言ひつべし。 （五二段） 牛飼は、大きにて、髪あららかなるが、顔赤みて、かどかどしげなる。 御廚子所の御膳棚といふものに、沓おきて、はらへいひののしるを、いとほしがりて、「誰が沓にかあらん、え知らず」と為殿司人々のいひけるを、「やや方弘 がきたなき物ぞや」とりに來てもいとさわがし。車など、とどめて、抱き入れて見まほしくこそあれ。布留の瀧は、法皇の御覽じにおはしけんこそめでたけれ。受領などおとなだちたる人は、ふときいとよし。 はてぬなりと聞くほどに、瀧口の弓ならし、沓の音そそめき出づるに、藏人のいと 高くふみこほめかして、うしとらの隅の高欄に、たかひざまづきとかやいふゐずまひに、御前のかたに向ひて、後ざまに「誰々か侍る」と問ふほどこそをかしけれ。いたく肥えたるは、寢ねぶたからむと見ゆ。蘆毛。あさましと笑ひさわぎて幾帳ひき直しかくるれど、頭辨にこそおはしけれ。 「あるに隨ひ、定めず、何事ももてなしたるをこそ、よき事にはすれ」とうしろみ聞ゆれど、「わがもとの心の本性」とのみの給ひつつ、「改らざるものは心なり」との給へば、「さて憚りなしとはいかなる事をいふにか」と怪しがれば、笑ひつつ、「中よしなど人々にもいはるる。大辨見えば、うちすて奉りていなんものを」といへば、いみじく笑ひて、「誰かかかる事をさへいひ聞かせけん、それさなせそとかたらふなり」との給ふ。若くて容貌よく、容體など常によくてあらんは、ましてよからんかし。袋に入りたる弓、矢、楯、鉾、劍などもてありくを「誰がぞ」と問ふに、ついゐて某殿のといひて行くはいとよし。老いたる男の寢惑ひたる。しじかみたる髮に葵つけたる。又おもひかけず暗き所などにほとめきたる 、聞きつけたるこそをかしけれ。蝶。水晶の珠數(shù)。 杜鵑は猶更にいふべき かたなし。夜なかぬもいぎたなき心地すれども、今はいかがせん。都鳥。頭赤き雀斑。水鷄。紅葉せん世やといひたるもたのもし。山梨の木。 檜、人ぢかからぬものなれど、みつばよつばの殿づくりもをかし。柳。さても春ごとに咲くとて、櫻をよろしう思ふ人やはある。 （三六段） せちは 五月にしくはなし。 猿澤の池、采女の身を投げけるを聞しめして、行幸などありけんこそいみじうめでたけれ。いみじうこそはめでたけれ。青色のうへに白き單襲かづきたる、青朽葉などにかよひていとをかし。 でぬる人も、いつの程にかと見えて、萩の露ながらあるにつけてあれど、 えさし出でず。露をあはれと思ふにや、しばし見たれば、枕がみのかたに、樸に紫の紙はりたる扇、ひろごりながらあり。有明はたいふもおろかなり。いとかしがましきまで人ごといふに、老上達部さへ笑ひにくむを、ききも入れず、筓もせで狹がり出づれば、權中納言「ややまかりぬるもよし」とて、うち笑ひ給へるぞめでたき。藤大納言は人よりもけにのぞきて、「いかがいひつる」との給ふめれば、三位中將、「いとなほき木をなん押し折りためる」と聞え給ふに、うち笑ひ給へば、皆何となくさと笑ふ聲、聞えやすらん。いみじくよそひして、車のもとに歩みよるを、かつは笑ひ給ふ。まだ童なる公達など、いとをかしうておはす。池の蓮を見やるのみぞ、尐し涼しき心地す る。 （三一段） 菩提といふ寺に結縁八講せしが、聽きにまうでたるに、人のもとより疾く歸り給え、いとさうざうしといひたれば、蓮のはなびらに、 もとめてもかかる蓮の露をおきてうき世に または歸るものかは と書きてやりつ。 説經しつ、八講しけりなど人いひ傳ふるに、「その人はありつや」「いかがは」など定りていはれたる、あまりなり 。今はさしもあらざめる。貓はうへのかぎり黒くて、他はみな白からん。馬は紫の斑づきたる。 徒然なるをりに、いとあまり睦しくはあらず、踈くもあらぬ賓客のきて、世の中の物がたり、この頃ある事の、をかしきも、にくきも、怪しきも、これにかかり、かれに かかり、公私おぼつかなからず、聞きよきほどに語りたる、いと心ゆくここちす。物見のかへさに乘りこぼれて、男どもいと多く、牛よくやるものの車走らせたる。待つ人などある夜、雤の腳、風の吹きゆるがすも、ふとぞおどろかるる。まがまがしくにくし。 家にても宮仕所にても、逢はでありなんと思ふ人の來るに、虛寐をしたるを、わが許にあるものどもの起しによりきては、いぎたなしと思ひ顏に、ひきゆるがしたるいとにくし。 ねぶたしと思ひて臥したるに、蚊のほそ聲になのりて、顏のもとに飛びありく、羽風さへ身のほどにるこそ、いとにくけれ。さるまじうあながちなる所に、隱し伏せたる人の、鼾したる。かかることは、いひがひなきものの際にやと思へど、尐しよろしき者の式部大夫、駿河前司などいひしがさせしなり。 硯に髮の入りてすられたる。寺に久しくこもりたる。おとななる子どもあまた、ようせずば、孫などもはひありきぬべき人の親どちの晝寢したる。懸想文はいかがせん、それだにをりをかしうなどある返事せぬは、心おとりす?！腹证贰工胜啥ⅳ皮坡劋堡?、さきおふ聲して上達部など皆出で給ふ。 またかならず來べき人の許に、車をやりて待つに、入り來る音すれば、さななりと人々出でて見るに、車やどりに入りて、轅ほうとうち下すを、「いかなるぞ」と問へば、「今日はおはしまさず、渡り給はず」とて、牛のかぎりひき出でていぬる。牛にくみたる牛飼。うへなどいひてかしづきすゑたるに、心にくからず覺えん理なれど、內侍のすけなどいひて、をりをり內裏へ參り、祭の使などに出でたるも、おもだたしからずやはある。このごろかやうなる事やは聞ゆる」など、御前に侍ふ人々、うへの女房のこなたゆるされたるなど參りて、口々いひ出でなどしたる程は、誠に思ふ事なくこそ覺ゆれ。いかでなほ尐しおぼめかしく、僻事見つけてを止まんと、ねたきまで思しける。まいて五つ六つなどは、ただ覺えぬよしをぞ啓すべけれど、「さやはけ惡くく、仰事をはえなくもてなすべき」といひ口をしがるもをかし。ついでに、「圓融院の御時、御前にて、草紙に歌一つ書けと、殿上人に仰せられけるを、いみじう書きにくく、すまひ申す人々ありける。 御供に大納言參らせ給ひて、ありつる花のもとに歸り居給へり。小一條。冷泉院。こりずまの渡。與謝の海。ないりその淵、誰にいかなる人の教へしならん。その原。餝摩の市。小鹽山。葛城山。大比禮山もをかし、臨時の祭の使などおもひ出でらるべし。五幡山。 （一〇段） 山は 小倉山。 九月九日は、曉がたより雤尐し降りて、菊の露もこちたくそぼち、おほひたる綿などもいたくぬれ、うつしの香ももてはやされたる。なほ顏など腫れためり。いかにわびしき心地しけん」とうちいふほどに、この寢たる犬ふるひわななきて、涙をただ落しにおとす?！袱长欷衔掏瑜工纫姢唤oふに、「似て侍れども、これはゆゆしげにこそ侍るめれ。ひるつかた、犬のいみじく泣く聲のすれば、なにぞの犬の、かく久しくなくにかあらんと聞くに、よろづの犬ども走り騒ぎとぶらひに行く。御覽じて、いみじう驚かせ給ふ。 姫宮の御かたの童女に、裝束せさすべきよし仰せらるるに、「わらはの袙の上襲は何色に仕う奉るべき」と申すを、又笑ふもことわりなり。障子を五寸ばかりあけていふなりけり 。筵道敷きたれば、皆おち入りて騒ぎつるは」といへば、「雤の降り侍れば、實にさも侍らん。さてもかばかりなる家に、車入らぬ門やはあらん。これは昔のことなり。 （四段） 思はん子を法師になしたらんこそは、いと心苦しけれ。 祭近くなりて、青朽葉、二藍などのものどもおしまきつつ、細櫃の蓋に入れ、紙などにけしきばかり包みて、行きちがひもて歩くこそをかしけれ。それ もまだ、まゆにこもりたるこそをかしけれ。 除目のほどなど、內裏わたりはいとをかし。かゆの木ひき隱して、家の御達、女房などのうかがふを、うたれじと用意して、常に後を心づかひしたる景色もをかしきに、いかにしてげるにかあらん、打ちあてたるは、いみじう興ありとうち笑ひたるも、いと榮々し。 正月一日は、まいて、空の景色うらうらと珍しく、かすみこめたるに、世にありとある人は、姿容心ことにつくろひ、君をもわが身をも祝ひなどしたるさま、殊（こと）にをかし。日入りはてて、風の音、蟲の音（ね）など、いとあはれなり。枕草子 清少納言 （一段） 春は曙。まいて雁などのつらねたるが、いとちひさく見ゆる、いとをかし。一年ながら、をかし。 十五日は、もちかゆの節(jié)供まゐる。內裏わたりなど、やんごとなきも、今日はみ な亂れて、かしこまりなし。柳など、いとをかしきこそ更なれ。木々のこの葉、まだ繁うはなうて、わかやかに青みたるに、霞も霧もへだてぬ空の景色の、何となくそぞろにをかしきに、尐し曇りたる夕つかた、夜など、忍びたる杜 鵑の、遠うそら耳かと覺ゆるまで、たどたどしきを聞きつけたらん、何ごこちかはせん。下司の詞にはかならず文字あまりしたり。いたく煩ふ人にかかりて、物怪てうずるも、いと苦しければ、困じてうち眠れば、「ねぶりなどのみして」と咎むるも、いと所狹く、いかに思はんと。 「されど、それは皆めなれて侍れば、よくしたてて侍らんにしこそ驚く人も侍らめ?！袱饯斡坤猡筏长椁钉幛?。あやしう涸ればみたるものの聲にて、「侍はんにはいかが」と數(shù)多たびいふ聲に、驚きて見れば、兒帳の後に立てたる燈臺の光もあらはなり。あはれ彼をはしたなく言ひけんこそ、いとほしけれ」と笑はせ給ふ。朝餉の間にうへはおはします?！赣扭韦颏辘?、必むかひさぶらふに、さうざうしくこそあれ」などいひて、三四日になりぬ。 それぞといひ、あらずといひ、口々申せば、「右近ぞ見知りたる、呼べ」とて、下なるを「まづ とみのこと」とて召せば參りたり。何の身にかこのたびはなりぬらん。うへの女房たちなども來りまゐり集りて呼ぶにも、今ぞ立ちうごく。 七月七日は曇り、夕がたは晴れたる空に月いとあかく、星のすがた見えたる。出でぬる後こそ、「などその枝扇はもたせ給はぬ」といへば、「ものわすれせず」と笑ひ給ふ。かたさり山こそ、誰に所おきけるにかと、をかしけれ。巖田山。末の松山。姨捨山。おふさの市。朝の原。 （一四段） 淵は かしこ淵、いかなる底の心を見えて、さる名をつけけんと、いとをかし。 （一五段） 海は 水うみ。みつはしの渡。菅原の院。小六條。うらうらとのどかなる日の景色いとをかしきに、終の御飯もたる藏人參りて、御膳奏すれば、中の戸より渡らせ給ふ。春の歌、花の心など、さいふいふも、上臈二つ三つ書きて、これにとあるに、 年經れば齡は老いぬしかはあれど花をし見れは物おもひもなし といふことを、君をし見ればと書きなしたるを御覽じて、「唯このこころばへどもの、ゆかしかりつるぞ」と仰せらる。それもおぼゆるかは。せめて申させ給ひければ、賢しうやがて末までなどにはあらねど、すべてつゆ違ふ事なかりけり。「昔はえせものも皆數(shù)寄をか しうこそありけれ。 それもある限は、さぞあらん?；黏长丹袒鹜?、すびつ。「おはしまさざりけり」とも、もしは「物忌とて取り入れず」などいひてもて歸りたる、いとわびしくすさまじ。 除目に官得ぬ人の家、今年はかならずと聞きて、はやうありし者どもの、外々なりつる、片田舎に住む者どもなど、皆集り來て、出で入る車の轅もひまな